エラー率100分の1──超流動ヘリウムの量子ビット設計案が発表された

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イギリスのサリー大学の研究チームは2026年10月1日、電荷を持たない超流動ヘリウムを情報の担体とする新しい量子ビット「SHOQ」の設計案を発表した。理論計算では、従来の超伝導量子ビットと比べてエラー率が約100分の1になると予測される。実証実験は次の段階だが、量子メモリとしての活用を見込む提案であり、量子コンピュータの規模拡大に伴うエラー問題への新しい選択肢を示す成果として注目される。

エラーの発生源は「電荷」──超伝導量子ビットの構造的弱点

現在稼働する量子コンピュータの多くは、超伝導回路で作られた量子ビットを利用している。ところがこの方式には構造的な弱点がある。超伝導量子ビットは電磁ノイズや浮遊電荷への感度が高く、風船に髪がまとわりつく静電気のようなわずかな擾乱でも、保持された量子情報が壊れうる。サリー大学の発表(ScienceDaily経由)はこの点を指摘したうえで、ビット数を増やして規模を拡大するほどエラー制御が難しくなることを、量子コンピュータ開発の中心的課題として位置づけている。

研究チームが着目したのは超流動ヘリウム、なかでもヘリウム3が極低温で示す超流動状態だ。超流動とは粘性がゼロ、すなわち摩擦なしに流れる液体の状態を指す。重要なのは、ヘリウムが電気的に中性、つまり電荷を持たない物質である点だ。研究チームが提案する「SHOQ(Superfluid Helium Oscillator Quantum)」デバイスは、この電荷ゼロという性質を利用して、特定の種類の電磁ノイズから構造的に情報を守る設計になっている。研究者らによれば、超流動を基盤とする量子ビットの設計案が報告されたのは今回が初めてという。

超流動は「電荷ゼロの超伝導」として使える

成果は2026年8月24日付けでnpj Quantum Informationに掲載された(査読付き学術誌、オープンアクセス)。著者はサリー大学のPriya Sharma氏、Eran Ginossar氏、および米ノースウェスタン大学のJens Koch氏の3名だ。

論文の議論の出発点は、超流動を「電荷を持たない超伝導の類似現象」として扱えることにある。超伝導回路が量子ビットとして機能するには、ジョセフソン接合がもたらす非線形性、つまりエネルギー準位の間隔が不均等であることが鍵になる。一方の超流動ヘリウムでは、散逸のない質量流と、ジョセフソン効果に相当するトンネル現象が、いずれも既に実験で実証されている。研究チームは、基礎物理は揃っており、残るはデバイス設計の問題だと位置づける。

具体的な構成は、超流動のウィークリンク(弱結合)と機械要素の組み合わせだ。デバイス内の超流動の運動は量子化され、超流動状態の維持に必須のミリケルビン温度で識別可能な離散的なエネルギー準位が現れる。適切な設計によってこの準位構造に非線形性を持たせれば、量子ビットとしての機能が実現できる。論文の予測では、デバイスはマイクロメートルサイズで、ミリ秒スケールのコヒーレンス時間を持つという。また研究チームの計算では、エラー率は従来の超伝導量子ビットと比べて約100分の1になる見込みだとされる。

ただしこれらの数値は、すべて理論計算に基づく予測である点に注意が必要だ。リードオーサーのSharma氏は「数学はうまくいくことを示している。既知の超流動ヘリウムと量子技術の知見を、必要なパラメータと仕様を備えた設計に変換した。次の段階はプロトタイプを作り、予測を検証することだ」と述べている。

置き換えではなく補完──量子メモリという役割

この提案が既存技術の置き換えを狙うものではない点も重要だ。共著者のGinossar氏(サリー大学准教授)は「1種類の量子ビットですべてをまかなう必要はない。異なる量子技術を組み合わせることで、それぞれの強みを活かせる」とコメントする。SHOQは既存の超伝導技術と統合し、システム内で役割分担させられる可能性があるという。

なかでも注目されるのが量子メモリとしての用途だ。超流動ベースの量子ビットが情報を保持し、演算は他のハードウェアが担う。この分業が実現すれば、演算用ビットと保存用ビットを分ける、古典コンピュータにおけるプロセッサとメモリに似た構成が量子系でも作れることになる。

提案の信頼性を支える経歴もある。ノースウェスタン大学のKoch氏は、現在広く使われている超伝導量子ビット「トランスモン」の開発に関わった研究者だ。トランスモンを生み出した研究者が、その弱点を補う別方式の設計に参画しているという構図は、この提案が現場の課題認識から出ていることを示唆する。

理論から実証へ、残された3つの課題

第一の課題はプロトタイプの製作だ。研究チームは動作に必要なパラメータと仕様を特定したとし、次は実デバイスでの検証段階とする。Sharma氏にはIAA Commercialisation Fellowship(商業化フェローシップ)が授与されており、試作に向けた支援体制は整いつつある。

第二は動作環境だ。SHOQは超流動状態を維持するためにミリケルビン温度での動作が必須になる。ただし研究チームによれば、必要な低温条件は過去のヘリウム3を用いた実験で既に達成されている。

第三は事業化の側面だ。論文の開示情報によれば、この技術についてはサリー大学名義の特許出願(出願番号GB2408827.0、PCT国際段階に移行済み)が行われている。研究はDaphne Jackson Trust、EPSRC、STFCの支援を受けて実施された。

ここまでの内容を整理すると、SHOQは「電荷ゼロの超流動ヘリウムで電磁ノイズ耐性を稼ぐ」という原理に基づく、理論段階の量子ビット設計案だ。約100分の1というエラー率もミリ秒のコヒーレンス時間も、現時点では計算上の予測にすぎない。一方で、質量流のジョセフソン効果といった基礎物理が実証済みであること、トランスモンの開発者が参画していること、特許出願と支援資金が動き始めていること──予測を実証に引き寄せる条件は揃いつつある。

量子コンピュータの行方は、単一の技術路線だけで決まるものではない。超流動ヘリウムのように、一見すると量子コンピュータと縁がなさそうな物質から新しい量子ビットが提案される。こうした別の角度からのアプローチがエラー問題の打開につながるかどうか、プロトタイプの検証結果を待ちたい。

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