AI投資の8割がプラスでも「強いリターン」は28%──分かれ目は測り方と組織
米ウォートン・スクールのHuman-AI研究センター(WHAIR)と調査会社GBK Collectiveが2026年10月13日に発表した年次調査(1,416人対象)によると、企業リーダーの80%がAI投資からプラスのリターンを報告する一方、「強くプラス」と答えたのは28%にとどまる。効果を成長指標で測る組織は効率指標だけの組織より約3倍高い割合で強いROIを報告しており、明暗を分けているのは技術ではなく、ワークフローの再設計と組織のあり方であることが示された。
企業のAI導入が始まって4年。問いは「使っているか」から「何を得ているか」へ移りつつある。ウォートン・スクール(米ペンシルベニア大学)とGBK Collectiveの年次調査「The Adaptive Advantage: Who’s Winning with AI and How」第4弾が10月13日に発表され、米国企業のリーダー層(管理者・ディレクター・VP・経営幹部)に加え、初めて若手・中堅社員も対象に含めた計1,416人への調査結果が公開された。
利用は9割に達し、感情は初めて逆行した
調査によると、管理者以上の62%がAIを毎日利用し、週1回以上の利用者は91%に達する。毎日利用する層は前年から約16ポイント増えた。一方で、「AIにワクワクしている」と答えた割合は前年比8ポイント減となり、「慎重」が7ポイント、「懐疑的」が8ポイントそれぞれ増加した。利用が増えながら感情が悪化する──調査開始以来初めて、利用と感情が逆方向に動いた年だと報告されている。
投資対効果にはっきりした差も出ている。リーダーの80%がAI投資からプラスのリターンを報告する一方、「強くプラス」とするのは28%だけだ。調査レポートはAI成功の3つの指標として「価値の証明」「ワークフローの変革」「組織の整合」を掲げ、3つすべてを満たす組織はわずか7%としている。
強いリターンを持つ組織の共通点は「測り方」と「責任の置き方」
明暗を分ける要因として調査がまず挙げるのは、効果の測定方法だ。成長関連の指標(新規売上・新製品・顧客体験など)を少なくとも1つ追跡している部門の35%が強いROIを報告したのに対し、効率指標だけを追跡する部門では13%。約3倍の差がつく。それでもリーダーの52%は今後12〜24ヶ月のAIの役割を「生産性向上・コスト削減」に置いており、成長に挙げたのは22%にとどまる。
組織構造にも相関が見える。Chief AI Officerを新たに専任で置いた組織では58%が強いROIを報告したのに対し、既存幹部への兼務では24%、そうした役割も計画もない組織では8%。承認済みのAIプラットフォーム1つに標準化した組織では50%が強いROIを報告するのに対し、定まった方針なく実験を続ける組織では9%だった。
注意すべきは、強いROIの組織ほど人員を減らしているわけではない点だ。強いROIを報告する組織は人員削減や採用凍結の割合では他と変わらず、代わりに管理構造の変更、ワークフローの再設計、AI利用のモニタリング、人事評価へのAI組み込み、社員研修の実施で他を上回る傾向があったという。調査に参加したウォートンのSonny Tambe教授は「多くの企業はいまだ時間の節約でAIに自己証明を求めている。強いリターンを得る企業はもっと先へ進み、ワークフローを再設計し、明確なオーナーシップとガバナンスを置き、成長に関わる成果でAIを測っている」と述べている。
エージェントは普及したが、自律実行は17%──「監視つき中間帯」の代償
調査では67%の部門が何らかの形でAIエージェントを利用していると回答した。ただし、AIがコア業務プロセスに完全に組み込まれているとする回答は28%、エージェントが人の承認なしにタスクを完遂できる組織は17%にとどまる。つまり大半の組織は「エージェントを使いながら、すべてのステップを人が確認する」中間帯にいることになる。
GBK CollectiveのBrian Smith氏は「3分の2の部門がエージェントを使い、17%だけが人の承認なしにタスクを完了させている。大半は監視つきの中間帯にあり、自律性のためにコストを払いながらすべてのアクションをレビューしている。リターンが最も弱いのはまさにそこだ」と指摘する。同氏はさらに、エージェントから最も得ている組織は「エージェントに任せる仕事を決め、自動モニタリングを置き、すべてのステップの承認をやめている」と述べている。ワークフロー変革の3要件(ワークフローの大幅変更、コアプロセスへの組み込み、エージェント利用)をすべて満たす組織は5社に1社。満たした部門では67%が強いROIを報告しており、全体の28%とはっきり差がつく。
経営が見る変化と、現場が感じる変化は別物
今回初めて若手・中堅社員を調査に加えた結果、経営層と現場の認識ギャップがほぼすべての項目で浮かび上がった。ワークフローが大きく変わったとする回答はリーダー73%に対し現場58%。管理構造が変わったとする回答は52%対36%。社員が十分なAI研修を受けているとする回答はリーダー78%に対し現場56%と、22ポイントの開きがある。AIを自信を持って使えるか(79%対62%)、経営が明確な長期ビジョンを示しているか(79%対64%)でも同様の差が出た。
ただしこれは現場の拒絶を意味しない。若手・中堅社員の73%はAIが自分の役割に好影響を与えたと回答し、利用者の84%は時間を節約できていると答えている。一方、自分のスキルや認知がAIによって低下しているのではないかという不安は、VP以上で48%、若手・中堅で46%と高く、マネジャー・ディレクター層の32%を上回った。
雇用への影響も層によって偏る。リーダーの37%がAIに関連した人員削減を、33%が採用の減速・凍結を報告した。今後2〜5年で採用が減ると見込む職種を尋ねると、エントリーレベルを挙げたのは24%で、経営幹部職の14%を大きく上回る。その一方で82%が「AIは若手社員の早期貢献を助ける」とも回答しており、若手の生産性を高める技術と、若手の採用を減らす要因が同一であるという緊張が、調査結果の中で並存している。
供給側も「実験」から「実用」へ──ユニバーサルエージェントとプライベートAI
組織側の課題が際立つ一方、道具を供給する側も実用段階への移行を明確に打ち出している。Google Cloudは10月9日、カンファレンス「Gemini at Work 2026」で単一のユニバーサルエージェント「Gemini agent」を発表した。同社の発表によれば、Google Cloud顧客の約80%が同社のAI製品を利用し、Fortune 100企業の約90%がGemini Enterpriseを利用している。また過去1年間に1兆トークン以上を処理した顧客は約500社に上るという。これらは同社の主張であり、第三者検証を経た数値ではない点に注意が必要だ。特徴は、エージェントの利便性だけでなく、タスクに応じたモデル自動選択(Smart Routing)やリアルタイムの支出上限など、ガバナンスとコスト管理を前面に出した点にある。
インフラ側では、アクセンチュアとデルが10月8日、20年以上にわたる協業を拡大し「Accenture Dell Business Group」を設立すると発表した。企業の自社環境(プライベート・ハイブリッド・ソブリン環境)でAIをスケールさせ、エージェンティックAIのワークロードを稼働させる基盤を、金融、ライフサイエンス、製造など規制の厳しい業界に向けて提供するとしている。アクセンチュアはデル製品群に精通した3,000人以上の専門家を育成する計画で、オープンウェイトモデルの活用とタスクに応じたモデル振り分けによるコストの予見性も掲げている。
供給側がコスト管理・ガバナンス・プライベート環境を売りにし始めたのは、企業のAI利用が実験段階を過ぎ、コア業務に載せる段階に入ったからだと解釈できる。ただしウォートン調査が示す通り、道具が揃っても強いリターンを得られる組織はまだ4分の1程度だ。差を生むのは成果の測り方、エージェントに任せる範囲の決定、そして経営と現場の認識を揃える組織づくりにある。AI導入4年目の競争は、モデルの性能を争う段階から、組織をどう書き換えるかを争う段階へ移りつつある──と読むのが、今回の調査から導ける妥当な結論だろう。


